2007年08月15日

ふとふりかえると・・・

>どこかの無責任な適当にあしらう回答で怒り狂ったライターが、暫定的に前バージョンで小説を記載する

 ・・・と昨日書いた。
 でも、よくよく読み直してみると、その回答は「ある程度真面目」だったことに気付く。

 たぶんその回答を書いたところは読んでいないと思うが、一応謝っておこう。(←というか、このような寂れたブログ、多分そういう所は読んでいないと思うが、それに、一般の読者には意味不明だし)

 人の気持ちでごく普通の文章がおかしく見えたりする感触。
 いやあ、やっぱ環境のせいだな。と、今日改めて納得した。
 (少なくとも「すべて自分のせい」・・・では片づかない話だと言うことに、今日、改めて納得した)

 世の中がすべて狂っている・・・と主張するつもりは毛頭ない。
 だが、自分が狂っている・・・と認めるつもりも毛頭ない。
 もしかすると、いろんな意味で「狂わされている」が正解かも(ニヤリ)

 わかってくれるかな?この気持ち。
 もしかしたら、共感出来る人も、世の中に何人かいるかもしれない。

 でもねぇ、もし「自分がいる」と感じられたなら、趣味でも社会批判でもなんでもいいから、死ぬ寸前までやるだけやったほうが良いと思うよ。生きてる時は誰だって人に迷惑かけるわけだし。
 ただ、「多大な迷惑」だけはやめにしよう。例えば、体が動けるのに働かないとか。無論、本当にいろんな面で死にそうなくらいきついなら別だけど。(まあ、たとえ家族が血がつながっておらず、あなたに様々な面で攻撃を加えてくると思ったとしても、家にいる以上、下宿代くらいは払おう・・・みたいな感覚は必要)

 そういう意味で、就労しない青少年に語る時、何を伝えるかを少し考えてみた。(・・・唐突ですが)

 この国で大人として生きていくには、適切な納税・適切な勤労(お金儲けを含む)・法(良心)の遵守が必要で、子や部下は上司や親、大人やリーダーをみて育つという再認識が不可欠だということ。どんなときでも、自分という意識がある限りは、人は人で有り続けられるということ。たとえ世の中が狂っているとしても、自分の生き方は自分が選択し決めることが可能だということ。(選択枠がどれくらいあるかは人や時によって違うが・・・)

 どうせ完璧じゃないんだから、いろいろ人って抱えてるんだから、やることはやっておこう・・・という発想。そういう前向きな発想は、たとえ、その時にはダメになったとしても、次がうまれてくると私は考える。(たとえ、それで終わりで、もう墓に入る・・・となってしまっても、それはそれじゃないのか・・・と)

 世の中には、いじめを楽しんで正義を語る人が多いけれど、それもまたその人の人生なのだ。と。(ストーカーやらの類を含め、世の中そんなものだと)いじめる喜びを感じ始め、性格が歪んでいく人の状況だったり、集団的いじめを体感してみたり、そういうのを観察して自分がどう思うか、とか、そういう見方も出来たりする。

 いやならいつでもやめられる。人生なるようにしかならん。とりあえず、いろんなところ体験してみては?こもってないでさ。

 以上。貧乏暇無しのプロジェクトGのお話でした。

※ブログについては無理矢理心機一転・・・ではなく、ちょっとずつ変えていこうと思っています。
posted by プロジェクトG at 15:56| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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