2006年11月25日

真実と嘘とおおげさの38度線

「あんたの言う事なんて誰も相手にしないわよ」経理がつぶやく。

 まるでここは北朝鮮のようである。

 真実が曲げられていく。それがどのような形であるかは別にして。

 ウイルス対策がなされていない・・・という歴然とした事実を覆い隠そうと上司も経理も、その取り巻きも必死である。というより、忙しい中担当者が指摘し、解決策を考えるために必死になっているのを妨害し、会社との交渉権を取り上げ、もしくは、「この業者と」と指定し、会社と言うよりも自分の利益を優先して業者と折衝し交渉している。

 お客様に知れ渡った会社の危ないことを隠すのはドザエモンの役目である。人のつながり(無論、それは特定のお客とのみつないだ便宜を図ったパイプなのだが)を行使して、嘘とおおげさな行動を取る。

 無論、パソコン担当者やバイトである私が嘘や大げさな話をしないというわけではない。が、経理やドザエモンらの行動は、私が話すそういったものを遙かに上回る嘘をつき、行動を抑止し、デマを流しているのである。

 もはや、これは戦争なのかもしれない。

 何に対する戦いか?

 社会に対しての会社が果たすべき責任とか、会社の存続そのものとか、個人の名誉とか、そういったものを守るための戦いである。

 だが、この世の中に、真実が語られるということは、どれくらいの確率であるだろうか?

 新聞だってテレビだって、正直、完全に真実が書かれているわけではない。「正しい」と思ったことを記載しようとした瞬間、それは客観性(公平さ)を失う羽目となる。例えば、新聞が『犯罪者』とされた者の話をきちんと載せたことがどれくらいあるだろうか?『被害者』といわれた者の意見は大いに載せるが、『犯罪者』とされるものに面会をし、彼らの声を書いた新聞はほとんど無いのではないだろうか?

 ドザエモンらは、今まで培ってきた人脈を使い、自分たちの声を『正義の声』として支持者とともに宣伝を行っているようだ。それについて相手側の意見を聞かないまま、多くの支持を集めた意見のみを『信頼出来る情報』と信じている人々がいる。

 しかし、それが世の中の現状なのだろう。

 以前、『きらきらひかる』というドラマで『真実を見つけるのは山の奥のほんの少しの綺麗なわき水を探すようなものだ』というセリフがあったが、まさにそれに似ている。

 でも、あえて、伝えていこう。私が見た・聞いた・感じた内容を。

 誰かが歩まなければ、真実を伝える者は誰もいなくなる。

 だからこそ、これからも伝えていこう。命ある限り。

 しかし、真実を伝えることはもちろんのこと、真実を知ったときから、命すら危なくなることもあることを最後に書いておきたい。

 映画の見過ぎ?いえ、実際、真実は時としてそれだけ危険なものなのだ。

 なぜなら、嘘を言う者にとって、真実は、嘘と共に嘘をついた者までも切り裂いてしまうほどの恐ろしい刃になるからである。

 ご注意を。

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 この話はフィクションです。
posted by プロジェクトG at 02:08| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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