2007年01月11日

自分が何かの被害に遭っている方のために

 多分、これからの話は、ある意味重要な話である。が、私の前のブログでの書き込みを見なければいけないとあまり意味が分からない思う。

 まず、最初に言っておくが、私が『フィクション』と書いていることは『フィクション』である。

 自分の身近でこういう事例が偶然にもあった場合、必ずしもそれが『意図的に』行われるかどうかは不明だが、私の知り合い曰く「今のヤクザは看板なんか掲げず、組織も合法的に作られ、市民に浸透している」という話があり、もし、そういう組織等がある日敵意を自分に向けた場合にどういうことになるかなどを、論理的にシュミレーションして公表している次第である。

 もし、あなたにこういう被害が出た場合、はっきり言って助かる方法はほとんど無いといって良い。なぜならば、相手は「資金」「権力」「演技」などの力をもっており、対象者に心理的に圧力を加え、最終的に病気にさせてしまうこととなる。

 ただし、助かる方法が唯一あるとするならば、インターネット上のブログ等にてあなたが受けたと思われる被害を逐一記述していく他はない。無論、『実名は厳禁』である。なぜなら、正直に言って、『被害がある』と書き出した場合、疑心暗鬼に陥っており、冷静な視点が抜けてしまう可能性があるからだ。

 なぜ記述しなければならないか。それは、自分の記録を残すことで、まず自分の位置を見直すこと、それとともに、もし自分が倒れた場合、後に残る人間へ警告を発することである。被害をもろに受けたと思われる人間は、社会に対して警告を発する特権が与えられている。ただし、その文章は、なるべく論理的に記述する必要がある。

 正直、それが単なる愚痴のような文章でも良い。書いてみよう。恐れずに。
 それが「ばれた」としても、何を恐れる必要があろうか。あなたは正直に思ったことを『実名を使わず・所在地等を明らかにせず』書いただけではないか。本来、密かに書いているものを勝手に調べて、それがばれて立場が悪くなったとしても、最初から『立場が悪い』のだから、何を恐れる必要があるのだろうか。

 ある人曰く『ネットは社会を崩壊させる』だそうである。人のつながりのネットによって(どんなことをしても)人(=自分)が潰されるのならば、あえて、それを記録に残しインターネットによって公表すべきである。その方がすっきりするはずだ。

『無理をしない』『首になるのを恐れない(首にしようと思えば、どういう理由でも相手は首に出来るし・潰せる)』『公平さを保つ』

これからの人にとって必要なものだとおもう。

****
「フィクション」として想定した被害

○指示を受けた行動をすると被害に遭う
(例)○○という御用達の店に買い物に行くよう指示を出し、その店に『これから行く人間はヤクザだ(もしくは変わっている、変人、頭がおかしい)』などと言う。(ネット検索で調べると、公的機関の人間がこれに参加してひどい被害を及ぼすこともあるらしい)

○いたずらの注文・そしてドタキャン

○必要な商品を購入しない もしくは 購入の際に複雑な手続きが必要
(例)いつも使う品物の購入を依頼すると、様々な理由をつける(他の人が依頼した場合はすぐに購入)

※無論、こういう話をするときにもっともらしい理由をつけるが、事情を知った第三者がその理由を聞くと「そりゃワヤ(無茶苦茶)やろう」という話になったりする。しかし、人間たる者、生き残るために保身に走るのは当たり前であり、そのためにこういう行動に出ることもある。

・・・こういうフィクションが事実にならないことを祈るのみである。
posted by プロジェクトG at 11:04| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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