2007年03月11日

常に『最悪の状況』を仮定する

 ・・・私は常に最悪の状況を仮定している。

 その理由は、数年前に私の身に降りかかった一つの事件からだった。

 それを書くのはよそうと思う。だが、私は、その日以来、死すらも覚悟せざる得ない状況に陥った。

 その状況の中で、すべてが最悪の状況を仮定しなければならなかったか・・・といえば、そうではない。一旦は平和を取り戻したかに思えた時期もあった。しかし、現在の状況は、最悪の状況を仮定しなければならない状態であるということは否定出来ない。

 しかし、時として、人は最悪の状況を考える場合があるのが自然と言えるだろう。そういう考え方をする場合、その人が危険な何かを察知していたり、ちょっとした誤解がある場合もあるのだが。

 でも、幸いなことに、私は人を憎んだことが無い。行為を許せないと思うことはあっても、なぜか、人を憎めないところがある。また、人をその時は「この人はこうだ」と思っていても、その状況がずっと続くとは考えていない部分もある。

 『人を憎んだことがない』と言い切れるのは、案外幸せなことかもしれない。憎む状況に追い込まれたというのは悲劇である。それは社会を構成する人そのものの問題であると同時に、自らが人である以上、自分自身の心の問題とも言えるのかもしれない。

 しかし、その心を外からではなく、内部から壊すものがあるとするならば、私は、壊された人よりも壊した人間のみがその責めを追うべきだと考えるが。(←この部分は、何も起こっていない者に関しては意味不明の表現だろうが、わたしは、これからの時代において必ず意味をなす表現だと考えたためあえて書いておきたい。この言葉の意味を知るものは、必ずいると私は確信している。)

 さて、真実を語るのは、今日はここまでにしよう。でも、なぜ真実を書くのか。それは、単に私が書きたいからに他ならない。そして、私にはまだ私がいるから。
posted by プロジェクトG at 02:09| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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