2005年09月26日

西日本陶磁器フェスタについて語る!(2)

 この話はギルダ氏の「気軽に行こうぜ何とかなるさ」で書かれた「陶器市(前編・後編)」を、プロジェクトGの視点から書いたものである。
 ギルダ氏の視点は http://giluda.ameblo.jp/ でお読みください。

※(1)からの続きです。

<ギルダ氏、“デジカメ香炉男”に変身する>
 ギルダ氏と再び合流し、休憩する事にしたところ、いきなりギルダ氏がカメラを持って「パチリ」とやりはじめた。

「おいおい俺の写真取るなよ」
「いいじゃねーかよー。それよりこのカメラはどーよ。これで500円だぜ!」

とカメラの説明をし始める。画面を見てみると写りが良い。本当に500円なのかと感心させられる。きちんと綺麗に取れている。そこで、ギルダ氏に、私自身が、本でデジカメの勉強をしていることを話し、もし良いのがあればデジカメを探してきてくれと言う話をして、ギルダ氏、快く承知してくれた。やはり、持つべきものは友である。

 その後も、私をモデルにカメラをパチパチ。(このとき、陶器を顔にくっつけてくれるように言われた・・・その写真をブログに載せるなどと言っていたが、それは断固として拒否した:苦笑)残念なのは、本当なら、お互い気軽に写真モデルをお願いするくらいの良い女性にめぐり合えないことかもしれない・・・などと、考えたものであった。

 休憩を終えて、会場に戻ると、ギルダ氏が早速、「香炉がさっき良いのがあったんだよな」と会場を探し始めた。私もついていったのだが、残念ながら、一通り見たが香炉は見つからなかった。よほど香炉が欲しかったのだろう。

 彼は、私を「壷男」などと呼ぶようになったが、彼のデジカメや香炉探しの執念もすさまじいものがあった。人を「壷男」なんて呼ぶのであれば、かれも「デジカメ香炉男」ならぬ「カメ男」なのでは・・・とふと思っている。

<フェスタを出てからの話:ワーク(就職相談所のようなところ)へ行った話>
 陶磁器フェスタ会場を後にした私たち、ギルダ氏が興味があるフェアトレードの話やリサイクルショップなどを見ていくうちに、突然、ギルダ氏がワークの中に入っていった。
ここにワークがあることは知らなかった。ギルダ氏に感謝。

 ついていくと、受け付けの方が「台帳に書いてください」とのこと。
 お互い、良い就職先があれば入ろうと考えている身の上。書いて受け付けの人に渡す。
「相談員の方が対応します。30分から1時間ほどかかります」といわれ、席で待つ事に。

 ただ、正直のところ、気分が乗らない。

 就職相談所のようなところは、3ヶ所経験しているが、合う相談員と合わない相談員がおり、失敗すると、就職先・職種などを希望も聞かずにごり押しされるパターンとなる。もし、そのごり押しされた就職先を思い切って受けて受からなかったりすると、その相談員に対する信頼を無くしてしまう。そうなれば最悪なのだ。
 私が思うに、相談員は、今、その人であればどういう就職先が受かりやすいかは説明すべきだと思う。しかし、その上で、お互いにしっかりと今後の人生について語り合ったりした上で就職の希望に沿った指導をして欲しいと思う。つまりは、就職相談員はある意味、求職者の心理カウンセラーになるべきかもしれない。そう考える。なぜなら、就職がその人の人生を左右する人生の大きなイベントの一つなのだから。

 ギルダ氏と待っていると、トイレに行きたくなった私は、トイレへ。すると親からTEL。

「今、小倉にいる。もう帰るけど乗っていくか?」

 まあ、神様のお告げなのかも。ワークへは一度、いろいろ履歴書などの書類を書き、心を落ち着かせた後で出直す事にした。
 ギルダ氏とワークを出てすぐに別れて、私は家路に着いたのだった・・・。

(おわり)

※どうだったでしょうか?もしよければ、ギルダ氏のと読み比べてみてください。
 ギルダ氏のブログは、面白くて読みやすいのに対して、私のはすこし硬いかもしれませんね。
posted by プロジェクトG at 22:17| 福岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

西日本陶磁器フェスタについて語る!(1)

 この話はギルダ氏の「気軽に行こうぜ何とかなるさ」で書かれた「陶器市(前編・後編)」を、プロジェクトGの視点から書いたものである。
 ギルダ氏の視点は http://giluda.ameblo.jp/ でお読みください。

<陶磁器フェスタに行くまでのハプニング>
 朝、ギルダ氏から電話有り。

「お前が言ってた陶器市さー、今日ならOKなんだけど」
「なら1時に小倉駅で待ち合わせしよう」
「いいよ」

 12時に家を出て、きっかり1時には着くと計算した俺。早速、陶器市フェスタの中で毎年販売しているハーブのお店で買うハーブの計算を行い、いざ現地へ!

 ところが、小倉に到着したその時、陶磁器フェスタのチケットが無い事に気づきパニックに陥った俺。「うわー参ったなぁ・・・」と考えているところに、ギルダ氏から電話。

「もう到着してるんだけど、お前どこにいるんだよー」

 これはどうしたものか・・・考える俺。チケットの事だけが頭をめぐり、とにかく家へ帰らねば!・・・そうだ、まだ家にいることにして、タクシーかなんかで戻ってくれば・・・そう考えた。

「いやー、今、まだ家にいるんだよ・・・」

 その時点でギルダ氏ぶち切れモードに突入。
「おまえ、社会人としてそんな事が許されると・・・(以下略)」
まあ、俺が悪いんだから仕方が無い。謝って電話を終了させ、いざ、タクシーで家へ・・・と思った瞬間、チケットを現地で買ったほうが安く済むと気づいた俺。ああ、パニックに陥ると判断鈍るなぁ・・・。
 再度ギルダ氏に、今度は正直に事情を話し、許してもらう。1時1分に現地到着。ギルダ氏を探すと、近く本屋で立ち読みをしていた。

 多分、ギルダ氏の前世は大阪人だったのだろうと思う。大阪人の場合、時間通りに来ると、もうそこには人はいないそうだ。大体友人でも待ち合わせ30分前が常識らしい。
 私がそう思うのは、別の理由もある。陶器市フェスタに行く道すがら、ギルダ氏は、こちらに来るまでの電車の中であった女性が綺麗で、陶器市に行く事さえなければ・・・なんて話をしていたのだ。
 やはり、彼の前世は大阪人で決まりだ。(などと書くと、大阪人が怒るかも・・・)

 で、場所は、陶磁器フェスタへ。

<陶磁器フェスタ内で>
 チケットを購入し(大人500円×2人)陶磁器フェスタへ行くと、多くの人でにぎわっていた。
 「香炉を探したい」というギルダ氏とそこで別れ、まずは一目散にハーブ屋へ。(店名:百華茶苑 0120-827-201)そこで、ハーブを買う。

 何故ハーブを買うのか。それは、私自身が、自然治癒力をハーブが引き出すだろうと思っているからだ。それに、調合次第で味も香りも良くなる。
 自分の欲しいハーブと店員お勧めのハーブを購入。おまけに別の種類のハーブを1種類頂いた。ただ、連れ(ギルダ氏)もいることなので、店員におまけをお願い。もう1種類おまけとして頂いた。

 次に、メインの陶磁器を拝見することに。
 ある陶磁器のブースの人が話していたが、最近は陶磁器もお店が増えすぎて、過当競争に入ったとのこと。そのため、生き残りに必死だと話しているのが気になった。別の店では、備前焼だったが、他の備前焼との違いを懸命にお客さんに話していた。

「うちの備前焼は何十年も持ちますよ」

 陶磁器フェスタの総評を言えば、最近の陶磁器は値段が安くなったように思うし(昔のように、単価5千円以上:平均云万円というのが当たり前というようなお店がほとんど来なくなったせいもあるかもしれない)、若い陶芸家の人や、某氏がナンパしそうな美人の売り子(たいてい陶芸家の娘さんがやっている)がいたりする。ただ、土や焼き方は当然違うのだが、形の違いがあまりなくなったような感じがする。模様も、その店ではすべて同じ模様の陶器が売られている・・・というようなところもある。伝統ある陶芸のお店ならばそれも仕方ないが、若い陶芸家の人はもっと遊び心を持って欲しいと思う。
 ただ、やはり、千円以上の陶器は機械のものとは一味違う。また、陶器を買う人の中には、お店の人との会話を楽しむ人も多く、陶器そのものの価値よりも、その陶器を買った時の思い出を大切にされている方もおられる。そういう陶器の買い方もいいと思う。

 そんな中で、私が買った陶器は3点。

●一佳窯(萩焼) 茶色の抹茶茶碗。萩焼独特の味わいがありました。昨年も何かを購入した記憶があります。
●いっさい窯(大阪府) 灰色のご飯茶碗。陶磁器フェスタ内でもあまり見ない綺麗な灰色のお茶碗で、白で稲の模様が書かれてあり、それが気に入りました。
●潮風窯(福岡県小石原) 青色のマグカップ。外国の方(フランス出身)がやっているところで、ドイツで生まれた技法で作っているそうです。カップの色は青色なのですが、濃さが場所によって違い、それが良い味わいになっています。

 私はデジカメを所持していないため、残念ながら写真をおみせできません。興味がある方は、ご自身で調べてみてください。(なんて不親切なと思われるかもしれませんが、やはり商品は自分が調べて納得して購入するのがいいですから。これは、最近体験した事からも言えることなので)

 すべてのブースを一通り見終わったころには、1時間半が経過していた。

※(2)へつづく
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2005年09月22日

パソコンインストラクターのお仕事

 パソコンのインストラクターは多くの不安を抱えている職業である。

 私自身、以前インストラクターをやったことはブログに書いた。
 最近、私は自分が受講生という立場で授業を聞いている。

 インストラクターと言う仕事は、精神的に大変だ。

 まず、いつも注目されている。
 これは、けっこう疲れる。

 「先生」として注目されるならまだいいが、特に若い女性の先生となると、「あの人は、俺のタイプなんだよな」だとか、「眼鏡はずしてポニーテールにして、水着つけたら結構グラビアアイドルとしていけるのでは」などという見られ方をする。(実際、隣の受講生がそんな話を私に話しかけてきた:笑)

 反応が無ければ「ちゃんと聞いているのだろうか」と感じる。あいさつをされなければ「私は嫌われてるのではないか」、質問が多かったり睡眠学習する人がいると「私の授業が下手なんじゃないか」、授業を聴かずにゲームやインターネットをしていると「もし、この人が授業についていけなければ私のせいになる」などとはらはらする。

 不安が爆発して「ちゃんと授業を聞かないと知りませんよ」というと、「先生の教え方が分かりにくいんです」という攻撃を受ける。アンケートには、たまにぼろくそに書かれることもある。いくら生徒の出来が悪くとも、その会社がたてた授業計画が悪くとも、テキストの出来が悪くても、アンケートにぼろくそに書かれたり、検定試験の結果が悪かったりした日には、上司にぼろくそに罵られる(ところもあるそうだ)。

 これらの話は、私が体験した話や、インストラクターなどから聞いた話に基づいている。

 ああ、いやになる、と思うことだろう。

 正直言おう。「気にする事は無い」

 いろいろなパソコン教室を受講してきた受講生の話によれば、「先生によって合う・合わないはある」ということだ。
 いろいろな受講生がいて「この先生は教え方が私にあっている」とか「合わない」とかがいるのだ。ただ、受講生からすると、お金や時間がかかっているため、批判的にならざる得ないのだ。

 実は、私も昔、いやな受講生だった事がある。私の場合、気に入っているインストラクターがいて、そのインストラクターにもっと頑張って欲しいと思ったために、いろいろと意見を述べてしまったのだった。そのインストラクターから見ればいやな人だったと思う。

 その事の反省を踏まえ、私は、相手のインストラクターがあまりにも悪い時を除き、相手が自分の評価を聞かないなら答えない事に決めたのであった。
 少なくとも、そのインストラクターにはそのインストラクターなりのポリシーがある。だったら、それを尊重すべきではないのかと。
 無論、分からなければ、受講生は自分から聞きに行けばいい。ただ、それだけのことだ。受講生は甘えるべきではないのだ。

 但し、インストラクターが、アンケートや自分の授業を省みず、ただ授業をやっているだけになってしまったら、もはやインストラクターとしては終わっていると思ったほうが良い。自らが「今日の授業は分かりましたか?」と聞いてみるぐらいの人がいいと感じる。もっとも、以前の私のようにいろいろと言う人もいるだろうが、論理的な意見はきちんと聞いて、その中でためになる意見のみを取り入れていくべきだと思う。(無責任な意見や感情的な意見はほおっておけばいい)

 あと、最後に、インストラクターはあまり人の好き嫌いは無いほうがいい。一期一会ではないが、受講生が嫌いなタイプであっても、それを態度に出してしまうと受講生が敏感に感じ取り、それが批判や非難につながってしまうこともある。また、その受講生でなくても、別の受講生がその事を見て何かを思うだろう。ストレスを溜め込まない。また、インストラクターは教師と違い「人はどうあるべきか」なんて語る必要は無い。生徒の人格を不快に思っても、気持ちを切り替えていく事が必要なのかもしれない。
 ただ、「わたしはあんたの事が嫌いなんだよ!」と面と向かって言った方がお互いすっきりした関係になるのかもしれないが、それはやり方を間違えれば、その人を壊してしまうだろうし、現実社会が許さない場合のほうが大きい。もっとも、そんなチャレンジャーなどいないだろうが(笑)。

 最近、インストラクター業界は厳しくなってきている。時給は下がり、経験や熱意よりも、若い綺麗な女性やさわやか青年ばかりが雇用されやすい環境になってきた。(これは、「美人であれば少なくとも受講生の受けがいいだろう」という馬鹿げた観点があるようだ。残念な事に、最近の企業のコスト削減で、きちんと経験を積ませて実務まで教えられるようなインストラクターを育てる事が出来なくなった結果による部分も大きい)

 私が、今後インストラクターをまた行なう機会があった場合の備忘録として、また、読者の方に、インストラクターのお仕事に対する理解が深まればと書いてみた。無論、「このような考え方はおかしい」と思う人もいるかも。まあ、一つの考え方として見ていただければ幸いである。
posted by プロジェクトG at 01:41| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月17日

ストーカーを考える

 現在、私の家族の一人が、ストーカー行為の被害にあっている。

 仮にAとしておこう。(家族にAとつけるのもなんだが、名前を明かすわけにはいかないので。)
 そして、付き合っていた人物(現在、ストーカー行為で2度警察に警告を受けている人物)をBとしよう。それから、そのBとAの共通の友人をCとする。

 簡単に言うと、一度Bに別れを切り出したとたん、友人Cが「相談にのる」ともちかけ、Cを仲介にBと会ったりしていたが、最終的にはきっぱりと別れる事にした。

 その際、Bの証言によれば、BはCにもその事を伝えたが「そんなの知らんよ」と冷たく言われたため、BはCとも縁を切ったのであった。

 ところが、Bは、その日から電話やメールを頻繁かつ執拗にするようになり、たまりかねたAは、警察に相談する事にしたのである。Bの証言によると、1時間にメールが30回以上あったこともあったというからすさまじい。警察は、それらの行為で2度Bに警告を行ったとのことである。

 Bからの連絡は収まったかに見えた矢先、Cから実家に電話があった。その内容は、「Aが知り合いから借りている別荘に行ったときに服を忘れたようなので、探してもらえないか」であった。実家の者は「もし見つかったら連絡しますが、見つからなければ連絡しません」と回答した。

 その後、Aのところに警察から連絡があり、警察は「Cと話し合ってはどうか」と言ったそうである。しかし、Aは、BとCは友人である事を知っており、同時にもうCとは関わりたくないため、私を代理人にしてCに連絡する事にした。

 私がCに伝えた用件は2つ。
1、AはCと話したくないので、今後連絡は一切やめていただきたい。
2、服に関しては、別荘の持ち主に確認したところ「現在のところ見つかっていない。見つかれば連絡する」ということであった。私どもしても、前回回答したように、「もし見つかったら連絡しますが、見つからなければ連絡しません」ということになります。

 ところが、Cは「Aがそういうことは伝えるべき」だと主張したが、「私が代理人です」と回答。相手が一方的に電話を切り、対応終了した。

 その後、Aの話によると、Bから連絡を受け「Cと話をしろ」と言われた。その際、Bは偽名を使い職場に連絡をかけてきたとのことであった。

 ・・・この話をブログに書くのにはわけがある。それは、「ストーカー行為は遠い世界の話ではない」ということである。もし、ストーカーにあっていると思われる方がいるなら、(ストーカーしていると自覚している人も含めて)きちんと警察や公的な相談を受けるべきだと思う。そして、自分の心の中を素直に伝えるべきである。

 また、この上記の内容は、簡単な話の流れを述べただけで、詳しい話は書いていない。また、絶対に個人を特定できるような書き方はしていない。読者の方はそれを理解したうえで読んでほしい。(この話は完全に事実を書いているわけではないということを踏まえて読んでほしい)

 さらに、読者の方にお願いがある。

 私は、犯罪(ストーカー行為を含む)は、個人的な罪だけでなく、社会的な罪であると考えている。

 人を殺したり、物を盗んだりするのは、犯罪を犯すもの(個人)が実際にやった行為であり、罰せられなければならないと思う。

 しかし、それとは別に、例えば、犯罪をやっている現場を見ているのに見ぬふりをしたり、犯罪だけど友人だからとかばったり、もしくは助長させる行為を行ったりすることは、仮に刑罰に値しなくとも問題ではないだろうか?私は、それを社会的な罪だと思っている。

 もっとも単純な社会的な罪のひとつは、友人が言った「○○さんは怪しい人って人に聞いたよ」と言う話を、知らぬうちにそれを鵜呑みにし、広めたりするような行為である。

 私は、そのような社会的な罪を出来る限り無くしていくよう、お願いしたい。

 しかし、社会的に罪などは、正直私自身も気づかぬ間に犯していたりする。人は、生きている間、何かしら人に迷惑をかけて生きているものだ。

 であれば、社会的な罪を犯してしまった分、何かしら人が良い方向で進むようなことをやっていければと思う。
 友人のブログで紹介されている「フェアトレード」もそうだし、そうでなくても、何気なく人と話したりするだけでも、人との自然な関係を気づく上での重要なものになっていくだろう。
 私自身、最近、見ず知らずのおばさんに突然話しかけられて、世間話で和やかな雰囲気になったのであった。
 無理強いでないちょっとした心配りが、人間社会を丸く治めるものになるのではないか。

 犯罪を自然に防ぎ、人と人との間に柔らかな風が吹くような社会になればと願ってやまない。

 ・・・話は少し脱線してしまったが、ストーカー(集団ストーカーを含む)は、人間同士のおかしな絆が生み出す最悪の犯罪の一つである。もし、ストーカー行為だと思ったら、被害者・加害者の方や家族や友人の方は、恐れないで早めの相談、早めの対処を行ってほしい。

以下、リンクである。読者の方には、一応すべてのサイトをご覧頂ければ幸いである。

(私が読み返す場合のためにも貼っておきます)
(なお、表題のマークは★と●は、ストーカーについての考え方が違うと思われるもの。※は警察庁の公式ページ。■は、最近増加している集団行為によるストーカーについて)

■「集団ストーカー概略」
http://stalker.client.jp/
★「ストーカー対策ページ」
http://www.bekkoame.ne.jp/ha/hc17916/
※「警察庁 - ストーカー規制法の制定について」
http://www.npa.go.jp/safetylife/stalkerlaw/stalkerhomepage.htm
●「なくせストーカー 財団法人警察協会制作」
http://www.police-ch.jp/video/h_06.html
●「ストーカー概論」
http://www.nda.co.jp/Stalkers/

<追記:2005年9月17日18時現在>
 アダルト系からのトラックバックが続いたため、本件に関しトラックバックを禁止しました。大変申し訳ありませんが、この記事に関するご意見等は、コメントにてお願いします。なお、今後、アダルト系サイト及び類似内容に関してのコメントは、削除もしくはIP公表などの措置を取ります。
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2005年09月15日

世の中「知らぬが仏!?」

 ・・・いつも思っていることがある。

 ブログで家族やら、知人やら、会社の同僚やらのネタ・・・特に、エロネタ・批評(批判・非難)ネタなんかを見ていて。

 ・・・本当に世の中「知らぬが仏」なんだなぁ・・・と。

 まあ、ブログだから・ネット上だから、誇張表現やら、架空の人物やらもあるだろうが、しかし、まあ、本気でそう思って書いている人もいるわけで・・・。

 私のブログでも、いろいろな人が登場する。
 もし、そういう人々が私のブログを読んでいたらどう思うだろうか・・・そう考えることがたまにある。

 しかし、気にしていても始まらない。ということで、私はブログを書き続けている。

 なぜ、こんなにブログが流行っているのか。
 実社会に満たされていない・・・というか、言いたい事が言えない実社会の隙間を、ブログを書き、匿名を条件に、その穴を埋めようとしているのが多いからではないのか。と私は思う。

 事実、私もそうだ。

 しかし、もしかしたら、ブログが流行る社会というのは悲しい社会なのかもしれない。

 「実際の自分はこうなんだよ」とアピールできない社会。
 思っていることがいえない社会。
 寂しいので誰かにコメントしてほしい自分がいる社会。

 本音はこうなんだよね・・・そうつぶやくブログが、今日もいっぱい書かれている。

 でも、不満のコメントを書いた相手は、そんなことも知らずに幸せ(?)に今日も生きている。・・・まさに「知らぬが仏」なのだ。

 しかし、私自身も、知らない間に、同僚が私のことをうらんでいたり、同僚によって私のことがブログに書かれたりしているかもしれない・・・

 読者の皆さん!これを読んで、あなたの隣で優しく声をかけてくる人が、あなたのまわりで机に座っている人々がこわくなってきませんか?(笑)

 まさに、「神のみぞ知る」です。

 明日も平穏に生きられるように神に祈りたいものです。
 まあ、神がいるかどうかは知りませんが。
posted by プロジェクトG at 00:51| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月13日

2ちゃんねるの”危険性”を思う

 最近、久しぶりにあの有名な掲示板サイト「2ちゃんねる」を覗いてみた。といっても、私の関係するサイトだけであるが。

 すると、そこに私の知り合いに関する書き込みがされてあった。なんでも、私の知り合いの年齢を聞きだすために、イニシャルを使ったり、その人の身体的特徴が書かれてあったりしていた。それに対して、私の知り合い(だと思う)が「頭が痛い」と返信していた。

 私も以前は、たまに2ちゃんねるに書き込みをしていた。だが、もうかれこれ半年以上書き込みをしていない。その理由は、一度私の書き込んだ内容がばれてしまったこと(これは、私の書き方があまりにも悪かったせいらしい)。そして、これは不確定な情報なのだが、その書き込んだ内容で特定の人物が不快感を感じてしまったことを知ったからである。(ただし、その書き込みは、特定の人物批判というより、当時の会社の人事制度の問題を考えてほしいと感じたための書き込みであったため削除は要請しなかった)

 私自身、それ以外にも、ネットの利用に関してたまに過激すぎる事を書いて不快にさせてしまう事があった。しかし、それは、一応私自身が責任を負えるような書き込みであった。例えば、HNだけでなくメールアドレスを表示させたりして文責が負える様になっていた。だからといって、不快な事をしたことが許されるという訳ではないのだが。

 しかし、2ちゃんねるの場合、文責が負えないため危険な事になりかねない。というか、匿名性を売りにしている掲示板であるため、よほどのことがない限り書いた人間に対して不快感を表明したりする事が出来ない。また、書いた人間も「ある程度他の掲示板より匿名性が保たれる」ことを理由に理性が薄れて無茶な事をやってしまうようになってしまうような気がする。

 だから「2ちゃんねる反対」などというつもりは決してない。例えば、内部告発などの場合、2ちゃんねるは大きな役割を果たす事になるだろうし、内輪で話したい場合、何かと役に立つ掲示板なのかもしれない。
 しかし、先ほどの「年齢を聞きだす」とかいう話を書き込む必要があるのだろうかともちょっと思ったりする。知りたければ、率直に聞けばいいのに・・・とか思ったりする。でも、そういった会話が苦手な人間には使いやすい掲示板なのかもしれない。

 ともかく、私は、2ちゃんねるに書き込む事はやめている。まあ、多少は見るだろうが。

 なお、もし、ここの書き込みで不快な事があったら、すぐにでも教えてほしい。「これは明らかに良識を逸脱している」と思えば文章をすぐに削除するなどの対策を行います。

 ただ、私は批判家なので、批評は思いっきりするつもりだが。
 また、ネット上での議論、意見を私の実社会での不利益にさせようというような企みには断じて応じるわけにはいかないと思っている。(もっとも、このブログでは、無茶な書き込みは行っていないと思うのだが)

 ただ、読者が読んでいて楽しめるような書き方を最近出来ない自分を、もどかしく感じてしまう今日この頃である。(環境のせいかも・・・)
posted by プロジェクトG at 23:13| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月12日

西日本陶磁器フェスタ

 「来る。きっと来る・・・。」

 何が来るのか。北九州市に西日本陶磁器フェスタが来るのである。

 私は、子供のころから陶器好きである。まあ、祖母が良く行ったのをついていって、買ってもらったり眺めたりするうちに好きになったらしい。

 今度の9月22日〜26日まで北九州市小倉の西日本総合展示場(新館)で開催される。

 陶器を見ると心が落ち着く。100円ショップの陶器を見ても落ち着くのだから、かなりの重症なのかもしれない(笑)

 最近は、陶器だけでなく女性を見てもどきまぎせず、落ち着くようになってしまった(笑)昔なら、美人を見ると、顔を真っ赤にしてしまったりしていたものだったが・・・。

 うーん、年のせいかも。

 ただ、「この人はどんな人なんだろう。何をやっているんだろう。どんな考えなんだろう」と思ってしまうことはあるが・・・。

 まあ、女性もいろいろですな。

 寂しがり屋で、人の悪口やらちょっと明るく振舞ったりする人もいれば、黙々と黙って作業している人もいたりするわけで・・・。

 女性だけでなく、男性にも風変わりな人がいて、猫を愛してやまない人がいる。猫の事になると、目を輝かせて話し出す。話し出したら10分はとまらない。
 だが、女性はもう結構らしい。詳しくは語りたがらないが、多分ひっかかれたりしたのかもしれない。女性の話になると、暗い顔になってしまう。

 私には、女性と付き合った経験が無い。昔は、照れてしまってどきまぎしてうまく話す事が出来なかった。今は、いろいろな話を聞かされるうちに、照れる事もあるが、それより、ただ人間観察をして終わりというような感じになってしまった。最近では、女性だけでなく、男性にもそういう態度になってきている。

 昔、友人に「もし宝くじで3億当てたら、早々と隠居するね」といって失笑を買ったことがある。

 まあ、前回のシティハンターではないけれど、本当に私を理解してくれる相棒(女性)がいれば話は別なのかもしれないが・・・。まあ、そんなに簡単に見つかるわけは無いですし、私のような貧乏暇なしのところに現れるはずは無いわけで・・・。

 ・・・おっと、日ごろの愚痴が・・・(笑)

 そんな私の心を和ませる陶器市。人に疲れた方も、生活に疲れた方も、陶器が生み出す人の温かさを感じに陶器フェスタへ出かけて見ませんか?

http://www.toujiki.jp
posted by プロジェクトG at 23:47| 福岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月04日

シティハンター的生き方に憧れて・・・(笑)

 皆さんは、CITY HUNTER(シティハンター)というアニメをご存知だろうか?探偵 冴羽僚(さえばりょう)が主人公で、その主人公、普段はもっこりスケベオヤジ。しかし、仕事(スナイパー:というより、探偵兼ボディガード)では、シビアに(しかし非情さはあまりないが)こなす物語である・・・と書くと、その相棒やら周りの人物の描写が無いため、そのアニメを十分に描けておらず、面白さが半減してしまうのだが・・・。興味ある人は読んでみて下さい。面白いですよ。

 さて、私は、この「冴羽僚(さえばりょう)」的生き方に憧れている。とはいっても、スナイパーやら探偵に憧れているわけではない。
 自営業をやっていて、自分の腕に自信があり、そこそこお客からも信頼され、心を許せる相棒がいて、振られてもめげずにアタックするもっこりスケベ(笑)だが、時にはシビアに、時には優しく自然に接してあげられる生き方。本当にいいですなぁ。目指せ「冴羽僚(さえばりょう)」!(笑)

 ちなみに、私と彼との同じ点は「面食い」だという点のみなのだが・・・(笑)

 最近、このシティハンターの単行本を読んでみて、そう感じてしまったのであった。
posted by プロジェクトG at 18:45| 福岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月31日

心と体の汚れを洗い流すシャンプー

 タイトルを見て「そんなはずないやろ」と思われる方もいるかもしれないが、実は、このようなシャンプーは実在する・・・無論、私にとってだが。

 きっかけは、先日、家族が買ってきたシャンプーを無断で使用したことにあった。

 ブランド物の高級そうなそのシャンプー、普段のシャンプーと比べ洗いごこちがいい。
 洗ったあと、怪我をしてかさぶたが出来ていたところが、かさぶたが取れ、きれいになっていたこともあってか、すっかりそのシャンプーのとりこになってしまった。

 当然、思い込みであろう。

 しかし、思い込み(というか、こだわり)は、時に、人の心を豊かにする。
 まあ、度が過ぎるのは良くないが、多少のこだわりはあったほうがいい。

 さっそく、今日、薬局に行って買ってきた。

 その帰り道、私の知り合いがバス停で放心状態(ただ立っているだけだったと思うが)でぼーっと立っているのを見て、

 「このシャンプーで出来ればあなたの心もすっきりさせたい」

 などとわけの分からない事を考えつつ、バスで帰ってきたのであった。

 「今日は綺麗に心と体のあかを綺麗に洗うぞー!!」と心に決めた私であった。
posted by プロジェクトG at 18:02| 福岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月25日

笑顔が人をかわいくする

 最近気づいた事がある。

 それは「笑顔は人をかわいく見せる」ということだ。

 普段、(こういう事を言うと失礼だが)美しい人でなくて、むっとしながら(本人は多分普通に過ごしているだけなのだろうが)仕事をしている人であっても、たまに笑顔を見せると心が「どきっ」としてしまうことがある。

 あるテレビだったか、笑い(笑う事が出来ない人は、手などで顔をわざと笑顔にしてみることでも良いそうだ)がストレスを解消すると同時に、糖尿病などを防ぐらしいという研究もあるそうだ。

 もしよければ、家などで一人で試してみてください。

 それはともかく、最近の私は「平和だなぁ」と感じることがよくある。

 まさにねこのような感覚なのかもしれない。
 当然、やらなければならないことはある。
 また、何かいろいろといやなことを感じてしまうこともある。

 でも、いまのところやりたいことも出来ている。
 とりあえず、目の前のやらなくてはいけないこともやっている。
 無論、その先を目指すための努力もしなければいけない。それもやろうと心に決めて準備している。

 残念ながらブログを毎日書く事はしていない。友人となかなか会話をすることも出来ない。でも、今は、満たされている。
 
 この先どうなるかは分からないが、粛々とやっていくしかない。
 まさに、気分は充実している。

 だれが何を思うかなんて関係ない。人の評価なんて気にしていられない。最終的には自分しかないのだ。

 うおー!!

 以上、プロジェクトGの心の叫びでした。
posted by プロジェクトG at 22:54| 福岡 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月12日

近況報告・・・ついでに、カキコ

 ここ最近、ブログはおろか、インターネットのほとんどをご無沙汰し、健康的な生活を送っていた。毎夜12時過ぎには睡眠をとり、インターネットでは音声チャットを遠方の友人と週1回・後はメールチェックとたまに映像配信されているサイトで映画やドラマなどを見ていた。まあ、たまに掲示板に書き込みしていたが。それくらいである。
 私生活においても、まるでステルス戦闘機のような生活を送っていた(笑)夜は、週2回、一生徒としてアクセスの授業を受けていた。昼は、昼でおとなしく生活を送っていた。また、週1回無料パソコン相談をやっていた。
 まあ、どっかのだれかが探偵でも使って私を調べていたとしても、そう言うだろう(笑)「彼はここ最近、1ヶ月以上平穏な静かな日々を送っていた」と。
 それでも、1ヶ月以上何もブログに書かないと、ネタは少しは集まるもので、フリーライター的精神を持つ私としては、このお盆休みに何かを書きたくなってしまったわけである。
 なんだか、私の書き込みをつっこもうと心待ちにしている読者がいるようだし・・・(笑)
 そのネタを、今回まとめて書いてみようと思う。

<ミュージシャンのコンサートの帰りにストリートミュージシャンの歌に涙が出そうになった日>
 ある日、あるミュージシャンのコンサートに行き、大いに盛り上がった。そのミュージシャンは明るく激しい感じの音楽で、そこで大いに声を張り上げ、歌い、手を振りはじけた。
「完全燃焼した!すっきりした」
 そう感じたコンサートの帰り道、ふとどこからともなく、歌声が聞こえてきた。
 昔の「月光」なんかを歌っていた鬼束ちひろ似のその声は、私をその方向へ引き寄せるのに十分だった。静かに心に流れるその歌を聴いているうちに、なぜか涙が出そうになって来た。人がいる手前、涙を流すのは我慢したが、あの感覚は何だろうと今でも思っている。本当に不思議な感覚だった。純粋に聴こえたあの詩に感動したのだろうか・・・。

<やはり女性は苦手だ>
 前々からそうなのだが、私は女性が苦手だ。
 タイプの女性がいると照れてしまう。
 そして、そこから先に進めない。ただ照れてしまっておしまいなのだ。それから何も行動するわけでもなく、ただ照れているだけなのである。
 しかし、最近は年のせいもあってか、あまりそういうことも無くなってきた。
 ただ、それでもやはり女性は苦手だ。
 最近、2人の「気になる」女性がいた。
 1人は「タイプの」女性、まあ、通常であれば照れてしまう女性である。そして、もう1人は、「変わった」女性・・・というか、人としてちょっと関心があったのである。
1人目の「タイプ」の女性のほうは、すこしどきどきしながらも、普通に接するようにした。そんな時、エレベータに乗り込んだときにその女性がある男性に接触しているのを見た。接触といっても「密着」というわけではないのだが、彼女のお尻がその男性に軽く触れるような感じであったのだった。
その後、エレベータを降りた彼女と彼女の友人の会話。
「あんた、わざとやったでしょう」
「もう少し痩せてから私に告白しろって言ってるのよ(笑)」
「(笑)」
 確かに、軽く接触されていたその男は太っていた。
 私は、自分の人を見る目の無さを思い知って、興ざめした。

 2人目の「変わった」女性・・・といっても「変人」という意味ではなく、ある女性グループのリーダ的存在で、前々から面白そうだと思って注目していたのである。
 その人を注目していたのだが、ある時、彼女の陰口を聞いてしまった。しかも、なんと、私の陰口ではないか(笑)
 いったい私が何をしたというのだろう。
 聴いてみると、どうも私の行動が滑稽だったらしい。
 確かに、私は背が高いし目立つわなぁ。
 そして、また興ざめした。

 ・・・ということで、私はいぜんとして、女性が苦手である。まあ、恋人はおろか、女性の友人なんて何万年たっても出来ない性格なのかも(笑)

 まあ、いいか。

 こうなったら、人間観察研究士第1級(そんな資格があったならの話だが:笑)を目指すぞ!(笑)などと思った今日この頃であった。

<批判しない・意見しない・・・平穏に生きたい>
 最近、(昔もだが)「あほか!」と思うことが良くある。
 昔なら、はっきりその旨を伝えていた。
 だが、人は感情を持っている。当然反発もしたくなるだろうし・・・。
 また、私自らの意見が絶対であるはずも無く・・・。
 平穏無事に生きるならば、相手が求めている回答を返して満足させる事も必要なのである。
 多くの人が平穏無事に生きたいと願っているだろう。
 そういう人のために、不器用な生き方しか出来ていない私からのアドバイス。・・・などと書くと、「失敗したものからの話なんか聴きたくないし読む価値が無い」と思われるかもしれないが、まあ、失敗の中から拾い集めたものもあるのであり・・・。
 簡単に言えば、「質問してくる奴は絶対に回答を自分の中に作っている」のである。だから、「話を聴いて、その人が想定している回答を導き出してやればいい」という事なのだ。・・・などとえらそうに言っているが、これはある本(確か悩み相談関連のだったと思う)に書かれているものである。
 しかし、一部の達人にはその手は通用しない。そんな回答を聞いても虚しく聴こえるだけなのだそうだ。
 でも、最近は、意見があっても何も言わない(意見すら思いつかない場合もある)か、当たり障りの無い意見ばかり言う傾向がある。
 大学などでは、ディベートの勉強と称して、いかにある意見(人によって心地よい意見)を自分の意見のように見せるかという詐欺師養成講座的な訓練が行われているところもある。
 皆、平穏に行きたいもんね。
 皆、憎まれたくないもんね。
 皆、鎧を着て生きている。当然ながら。
 その心を癒すのは、真実に語りかけてくるのは、実はアニメと詩(歌)とゲームだけなのかもしれない。詩だけは、その冷めた心に伝えなければならないのだ。自分は自分で良いんだよと。でなければ、買い手がいない。アニメは、最近「○○的正義」などと言って、自分を主張するものが多い。仮想現実だからこそ、さらに自分を強く語れるキャラだからこそ、自分もほんの一時、自分の主張を語っているイメージを膨らませる事が出来る。ゲームは、そのキャラを自分の分身として時にはやさしく相手のキャラと接して安らぎを感じたり、時には破壊的になり鎧を脱いだ開放感を味わっているのかもしれない。
 残念ながら、現実はそんなものかもしれない。
 そして、私は不器用に今日も生きている。

<終わりに>
 いかがだったでしょうか。反論・感想など、多々あるかもしれません。もしかしたら、知り合いが読んでいて、それが、伝染していって、少なくとも平穏だった私の周りが険悪な感じになるのかも。(悪意があったら可能かもしれませんね。なんか調べればネタバレしそうな話もありますし:笑)
 まあ、世の中、いろいろです。優しい顔した極悪人とか、怖い顔したやさしい人だとかいろいろいますし。
 ただ、読んでいる皆さんに聞いてみたい。昔に比べて生きにくくなりましたか?自分を素直にだしづらくなりましたか?そんな時は、どうしているでしょうか?
 「人は人でしか癒せない」と言います。時には、ぼろぼろになるかもしれないのを覚悟で一番信頼できる人に打ち明けてみるのもいいのかもしれません。ただ、残念ながら、アメリカ・・・最近では日本でも、お金を払って守秘義務を守るカウンセラーが一番信頼できるという人が増えてきているようです。まあ、怪しげな宗教や占い師にのめりこんだり、自分自身が崩壊するよりかはよっぽど良いですが。
 ご意見・ご批判お待ちしています。では。
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2005年06月30日

アクセスの講座を受けに行く

 今日から、アクセスの講座を受ける事にした。

 アクセスというのはデータベースのソフトの事で、まあ、エクセルの進化形のソフトと思ってくれるといいかもしれない。(ちょっと説明が大雑把過ぎるが・・・)

 一度勉強した事があるのだが、そのときはなんとなく苦手な感じがして、あまりよく理解することが出来なかった。

 2時間の講座が12回。なかなかいい講座である。

 まあ、初回だから単なる説明で終わったのだが、初心者が理解するには程よいコースだと思う。
 再度勉強して、さびた頭を活性化しなくてはと思うプロジェクトGであった。
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2005年06月29日

川井郁子さんのCDを購入する

 今日CDショップに行った。

 いろいろな棚を見ていると、川井郁子さんのCDが置いてあった。
 私の母がバイオリニストの川井郁子さんのファンだというので、その名前を思い出したのかもしれない。

 しかし、単なるバイオリンだけの音なんて退屈するだけじゃないのか・・・と思っていた。でも、何で人気なのか知るために試聴してみる事にした。

 ・・・なるほど、音が滑らかに聞こえて心が満たされる気がする。

 つい1枚買ってしまった。

 皆さんも一度聞いてみてください。

 http://www.ikukokawai.com/
 川井郁子さんのHP
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2005年06月28日

かにを食べに行く

今日、ある人のおごりでかにを食べに行った。

かににはいろいろな種類がある。

ズワイガニ・毛がに・アブラガニ・タラバガニ。

みんなおいしいと思う。

何を食べようかいろいろ考えた挙句、かにの食べ放題(焼きガニ・前菜・茶碗蒸し・お茶漬け・デザート付き7500円前後)を頼む事にした。

制限時間90分。だが、30分で腹いっぱいになってしまい飽きてしまった。

「これだったらコース料理にしておけばよかったね」とおごってくれた人が言った。同感です。

でもおいしかった。ごちになりました。
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2005年06月27日

正義とは何か

 正義とは何か

 昔のギリシャの哲学者ソクラテスがある政治家に聞いた問いである。
 その政治家は答えられなかったそうである。
 ソクラテス自身も「正義とは何か」という問いに答える事は出来ない。しかし、答える事が出来ないという点を知っているということが、その政治家よりも勝っている。これが「無知の知」(無知を知る事)なのである。

 この話を含め、哲学に興味がある人は『図解雑学 哲学 (貫 成人 著 ナツメ社)』を読んでみてください。

 私も「正義とは何か」という問いに対し、正確に答える事は難しい・・・というか出来ないと思う。「人にとって正しい事」ぐらいの回答をしてしまうかもしれない。ただ、「正義」が存在する事は私たちは知っている。なぜなら、「善悪」ということが理解できるからである。

 ・・・と哲学的な話はここまでにして、なぜ、今日の話がこんな内容になってしまったのかについて触れておこう。

 それは、6月18日にさかのぼる。(当日のブログの内容を下に記述する)

 夕方、某出身大学から郵便が届いており、新同窓会成立と旧同窓会の否定、新同窓会の役員を役員会で決定したなどの通知が入っていた。
 集会の議事録では書かれていなかったが、新同窓会の発起人は旧同窓会と話し合うという発言をしていた記憶があり、また、規約上、会長の選出や予算に関しては総会で決定する事が記載されているにもかかわらず、(運営上仕方ないにしても、また、総会で役員会に委任していると仮にみなしても)役員会だけで会長を決めるのはおかしな気がするため、「年度内に総会を開催し、(事後承認でいいので)会長を正式な形で選出し、今年度の予算を議決する」「規約は卒業生全員に公表する」というような感じの内容の提案をメールで新同窓会会長に送る。

 これについての回答が6月25日にあった。回答内容についてはここでは触れない。問題は、上記質問の回答が新同窓会からではなく、とある教授から送られてきた事にある。
 新同窓会宛に送った文章が実質的な相談役であるその教授に読まれるというのはまあいいとしよう。問題は、回答をその教授が出した点にある。

 でも、私は大目に見る事にした。だから、「同窓会が先生に回答を委任したとみなします。ご回答ありがとうございました」とコメントしたのである。

 すると、本日、その教授から、メールが来た。

 要約すると「私が回答を出すと言いました。ただ、回答は私の個人的な見解に基づくものです」

 ・・・おいおい。

 実は新同窓会を支持する人の中には非公式に「旧同窓会は一部の教授が実質的に支配している」と述べている者もいたのである。
 しかし、こんな事やったら新同窓会だって同じに思われても仕方ないんじゃないの・・・。

 まあ、いいけどね。お金さえ無駄使いしなければ。
 どっちにしろ同窓会に利益供与もされておらず、被害も被ってないおいらには関係ないことですよ。
 関わったら何されるか分かりませんしね(笑)←もう危ない橋渡っているかも。

 ただ、後輩(学生)は同窓会費入会金1万円を取られるんだからかわいそうだよな。
 すまねえな。本当に。

 ただ、心の中では少しばかり法学の炎が燃えているのでありました。
 「正義って何なんだ」と。
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2005年06月26日

某市上級試験を受験する。

 ついにこの日が来た。

 某市の上級試験の受験日である。
 これは私にとっては毎年の恒例行事になっている。

 私の場合、大体がペーパも不合格か、ペーパは通るが面接で落とされるか・・・。

 「こういう試験は学歴かコネでしょう」

 そういう巷のうわさをよそに、私は私は受け続けている。

 公共のために働きたい。
 それが昔からの夢であった。

 叶わぬ夢なのかもしれない。
 でも、1%の可能性があるのなら、挑戦したい。
 そう思っている。

 今年はどういう結果になるのだろうか・・・。
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2005年06月25日

結婚式に参列する

 今日、結婚式に参列した。

 友人と博多駅で待ち合わせをし、その後、タクシーで現地へ。

 まず、結婚式が始まった。
 キリスト教の神父が出てきた。
 外人だった。

 ふと思ったことがある。結婚式場の神父は、普段は教会なんかでいろいろとやっているものなのであろうか・・・。それとも、結婚式場と家を行ったり来たりの毎日なのだろうか?

 まあ、そんなことを思いながらいると、新郎登場(私の友人)。かちんこちんに固まっていた。たまに声をかけられ、手を振っていたが、笑顔が固まっていた。

 前日、電話で「緊張するなよ」と声をかけていたのだが、逆効果だったようだ。

 その後、母親(?)に連れられ新婦登場。新婦は綺麗な人だったが、固まっておらず、にこやかな笑顔で平常心を保っていた。

 決定!こいつは絶対尻にひかれるな(笑)
 アーメン(笑)

 賛美歌は312番。聖書朗読はコリント前書13章であった。
 賛美歌のほうは皆さんも聴いた事のある曲だと思う。ネットで調べてみてください。
 聖書の「コリント前書13章」とは「新約聖書 コリントの信徒への手紙13章『愛』」のことです。
 神父は英語を交えながら話していたので、少し意味が分からなかったのですが、後で聖書を紐解くと、簡単に言うところ「世界は滅びても信仰・希望・愛は残り、『愛は勝つ』」という話です。詳細は聖書などで調べてみてください。
 共に、教会での結婚式では定番のもののようです。

 その後、新郎新婦はキスをしましたが、ほっぺにキスをしたので『ディープキスではないのか』と勉強になりました。
 挙式料・・・15万円(とそのホテルのHPに掲載されていました。)

 結婚式が終わると、私たちはすぐに受付をするため披露宴場へ走りました。
 
 新郎、新婦側で受付が別々になっており、祝儀を受け取り、記帳とパンフレット受け渡しを行いました。新郎側で大体25名ぐらいでした。
 中にはご祝儀を忘れた人間が居り、「こういうイベントにはハプニングがつきものだなぁ」と笑ってしまいました。

 いよいよ披露宴が始まりました。
 料理は、創作中華料理。
 結婚式は硬苦しくもなくラフな感じでした。
 
 披露宴・・・98万円(特別プランで40名まで。追加は1人当たり1万3千5百円也とそのホテルのHPに掲載されていました。なお、この場合の挙式料94,500円也)

 まあ、ここまでの費用を勝手に換算すると、挙式料94,500円+披露宴1493000円(98万円+513000円:78名出席)=合計1587500円也
 それに引き出物などをあわせると・・・

 約200万円!
 
 ご祝儀が平均2万5千円の約50人(親族・夫婦などダブっている人を除く)で125万円ぐらいと考えて・・・

 約75万円の赤字か・・・

 いまのおいらじゃ、結婚できません(笑)

 その後、2次会がありましたが、ほとんどの方は満腹で料理にほとんど手をつけることなく、楽しくお話をして、無事終了しました。

 ともかく、幸せになれてよかったと思います。
 おめでとう。

 なお、引き出物は3000円くらいの品々でした。(近くのお店で同じものがそれ以下の値段で売られていました)
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2005年06月24日

ブログの考え方

 最近、とある友人とブログについて話し合った。

 「ブログは2つあったほうがいい。友人に明らかにしているものと、まったく口外しないで作るものと・・・」

 理由は簡単で「知り合いに見られている」と思った瞬間、思ったことが書けなくなってしまうからだ。

 その意見には、友人も賛成してくれた。

 実はこのブログ、一部の顔見知りの知り合いには公開している。

 自分自身それに負荷を感じたことはないが、私自身は本来お堅い文章好きなので、それをわざと軽くしようとしているきらいがある。

 もう少し考えてみるが、ブログを分離してもいいのかもしれない。などと考えている。

 もしそれをやったとしてもここでは公表する事はないと思うが・・・。

 まあ、もうしばらく考えてみようと思っている。
posted by プロジェクトG at 22:09| 福岡 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

資格取得受講のための試験を受ける

 今日、とある試験を受けた。

 この試験は、資格取得受講のための試験で、応募者多数のため、試験で選択されるのである。優先順位としては就職のための目的が一番優先度が高いものである。

 国語の漢字の読み書き・間違え探しの問題が50問と面接があった。
 参加者は約50名、合格者は約15人。
 
 まず国語の問題だが、6〜7割はいけたと思う。
 ただ、読みのほうは問題なかったが、書くほうや間違え探しが少し苦しんだ。
 やっぱり、パソコンで瞬時に変換されてしまう世の中、なかなか忘れてしまうようである。
 「滋養強壮(じようきょうそう)」やら「未来を託す(みらいをたくす)」、「便宜を図る(べんぎをはかる)」などひらがなにして書いてみてくださいなどといわれたら、皆さん書けるでしょうか?

 次に集団面接があり、5人一組になって面接を受けた。
 まあ何とか自分の考えは言えたと思う。
 ただ、少し気になったのは「就職活動はしていますか」との問いに「職安で求人票は閲覧しています」と他の4人が同じ答えをしたことだ。
 無難な答えなのは確かだけど、みんながみんな同じ答えとはねぇ・・・。
 私の答えは「現在行っていますが、なかなか採用に結びつかない」であった。
 
 まあ、正直どうなるかはわかりません。

 正直後は祈るだけですね。「人事をつくして天命を待つ」だけです。
posted by プロジェクトG at 14:25| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月23日

夏風邪をひく

 ここ最近、ずっと体調が悪い。

 鼻水は出るし、くしゃみはするし、体はだるい。

 どうやら夏風邪をひいてしまったようだ。

 夏風邪はなかなか治らないという。困ったものだ。

 まあ、ビタミンを取って早めに寝るとしよう。
posted by プロジェクトG at 23:00| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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